Taiko artman(和太鼓奏者 )響道宴
演出家・松永良男太に師事し、舞台人としての基礎を学ぶ。
太鼓集団「鼓童」のメンバーとして、海外・国内公演・CDに参加。
より深い太鼓の可能性を求め、「鼓童」を退座し、ソリストとして活動。
「個」として太鼓と正面から向き合い、サポートメンバーを入れない、完全な独奏スタイルを確立し、ソリストとしての表現を拡大し、世界でも稀な和太鼓のソロのCDもリリースしている。
また、その一方で異種表現者とのコラボレーションを重ね、和太鼓の音楽的な可能性や表現を提示し続けている。
創造的でチャレンジ精神旺盛な姿勢と、その場その時を豊かな感性と確かなテクニックで生み出す表現は、多方面(音楽・ダンス・ヒーリングetc)で高い評価を得ている。
近年では、宇崎竜童プロデュース・出演作品「ROCK文楽 曽根崎心中」や、阿木燿子プロデュースによる「FLAMENCO曽根崎心中」公演に参加し、視覚的要素と音楽的要素という太鼓の魅力、存在感を存分に発揮している。
2007年年頭に、四国八十八ヶ所歩き遍路を敢行。八十八ヶ所すべてに奉納演奏し、無事結願。
また、同年3月には、響道宴を中心とした、太鼓・三味線・尺八ユニット「和三BOM」が、トルコ・モロッコ・アルジェリア公演(国際交流基金事業)で大絶賛され、地元メディアにも大々的に取り上げられた。
日本武道館での国際弓道連盟オープニングにて、能楽師狂言方大藏流・大藏基誠氏らと、狂言と太鼓、笛のコラボレーションで、日本文化の素晴らしさを世界にアピールした。
また、ヘアメイクアーティスト・柳延人とのコラボライブや、マニュピュレーターとのコラボなど、新ジャンルとの融合を試みるなど、「進化しつづける」太鼓奏者である。
そして、創造のエネルギーは、音楽だけにとどまらず、表現の異なる「カタチ」あるものにむかった。
太鼓をモチーフに、絵を描きはじめ、そこに独自の世界観を凝縮させる。
色鮮やかで、ポップで、どこか懐かしい・・・。不思議な作品の数々・・・。
2008年、初の半立体絵画の作品展「太鼓SOUL」を、那須と東京・港区で開催。12月には、埼玉で開催。
※ 7月6日より、テレビ埼玉にて、毎週日曜日の12:15~、MCを響道宴がつとめる、日本初の太鼓情報番組「たいこちゃんが行く!」がスタート。(インターネットでも視聴できます)
※太鼓の音は、人間の根源的な部分にダイレクトに伝わる音であること、いわゆる丹田(腹)で感じ、本来日本人が持っていた、空間や行間を楽しむ「間」の文化、見えないところにも気を配る「粋」の文化、見えないものを感じ取る「感性」の文化と、感性を呼び起こすことができる楽器であることを基に、和太鼓奏者として、もっと身近に太鼓を感じてもらいたいと、投げ銭スタイルのライブも開始。
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東京都生まれ。
1986年~演出家の松永良男太に師事し、舞台人としての基本、創造力、表現力、オリジナリティの重要性を学ぶ。
1992年、太鼓集団「鼓童」の研修生として入座。1993年、「鼓童」のプレイヤーとしてポルトガル、イギリス(ロンドン・Sadler’s Wells Theatre)、台湾、国内のツアーに参加。
1995年、ソリストとして始動。
1997年 サポートメンバーを入れない太鼓のソロ公演を企画・開催(毎年恒例となっている)
1998年、サッカーワールドカップ・フランス大会の閉会式に演奏参加。
2000年、異種表現者とのコラボレーション企画を始める(陶芸家・舞踏家・シンセサイザーなど多数)。初のソロCD「exist」をリリース。
2003年、宇崎竜童プロデュース出演作品・ROCK文楽「曽根崎心中」に新★竜童組のメンバーとして参加開始。阿木燿子プロデュースによるFLAMENCO「曽根崎心中」の舞台に参加開始。
2005年、シアトルにてインターナショナルチルドレンフェスティバルに参加(インド・アメリカ・日本のミュージシャンの混合バンドて)東京JAZZフェスティバルに、上妻宏光(津軽三味線)のユニットバンドとして参加。
2006年、鎌田泰二の個展「和灯展」でコラボレーション「門」公演。K-1Dynamaite 永田克彦選手入場曲の作曲、入場演奏。
2007年、四国八十八ヶ所太鼓たたいて歩き遍路ツアー敢行、結願。邦楽ユニット「和三BOM」中近東ツアー(トルコ・モロッコ・アルジェリア)
2008年、4月 さいたまスーパーアリーナ内に誕生した太鼓スタジオ「すわんど」の講師をつとめ、後進の育成、太鼓の楽しさをより多くの方々に知ってもらおうと活動を開始。(7月より、テレ玉で番組が開始)初の太鼓をモチーフにした個展も開催。
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